院長紹介

じめまして、
小林芳憲(こばやし よしのり)と申します。

1960年札幌市出身、私立北海高等学校、日本大学にはスキージャンプでスポーツ推薦入学したが、世界は狙える資質ではないと諦め1984年 国際鍼灸学校に進む。
1987年東京都港区田町にて不妊症専門鍼灸院を開院、2018年12月末まで延べ3029組の患者様を出産まで導く。「日本の少子化問題に貢献」という理念のもと2019年には日本妊活推進マネジメント協会を設立、不妊症専門鍼灸、柔整師に再現性がある、わかりやすい技術指導に定評がある。

1998年から冬季オリンピックに同行、女子アスリート、独自のルートで著名人からの紹介、2回目リピート率100%という圧倒的な数字をたたき出している。

・厚生労働大臣認定資格者
・公益財団法人 日本オリンピック委員会医科学スタッフ
・日本妊活推進マネジメント協会 代表理事

主な活動実績・略歴

長野オリンピックスキージャンプ団体金メダリスト 原田 雅彦さん

弊社トップアスリートグループはオリンピックチームトレーナー育成にも力を注いでおります。

平昌オリンピック役員としてスキージャンプチームに長谷部大貴トレーナーが帯同

スキージャンプ選手から鍼灸・整体師に

この度は弊社のホームページにアクセスいただき有難うございます。
皆様に治療家になったきっかけなど、私の歩んできた道を簡単にご紹介します。
 
1972年 アジアで初めて開催された冬季札幌オリンピック開催地、札幌が私の出身地です。市内の大通公園テレビ塔を背に真正面に見える大倉山 ジャンプ競技場の麓で生まれ小、中、高校まで緑豊かな札幌の地で育ちました。
 
冬季札幌オリンピック、スキージャンプで日本選手4人が1,2,3,4位(金、銀、銅、4位)と大活躍し、その年の春に結成した札幌ジャンプ少年団、1期生として入団、11歳から22歳まで毎日練習に明け暮れ、腰痛、膝痛、肉離れと戦う日々でした。
 
上段写真は1974年、中学2年の全道中学スキージャンプ大会(学研科学3月号掲載されました)中段は1975年、秋田県鹿角市で開催の全国中学大会出場の写真です。下段は1982年新潟県妙高インカレ出場
 
22歳で競技生活を終え、日本大学の先輩が経営する老舗鍼灸院で修業し、鍼灸、あん摩、指圧、マッサージの国家資格を取得しました。卒業後1年間、学校に通わせてくれた、お礼奉公もあり、計4年間勤務、その後、開業し挫折を味わうことに・・・・
 

恵まれた環境

さあ独り立ち!早速、東京港区青山のマンションで師匠からいただいた不妊鍼灸の虎の巻を元手に開院、患者さんが月に30~40人しか来院しない日々に不安がつのる毎日でした。
 
修業時代にお世話になり独立後も不妊症で通ってくれる患者様、この仕事でみんなを笑顔にしてあげたい一心でこの道に入ったにも拘わらず、こんな”貧乏病治療院”になるとは・・・
 
不安も募る一方で修行先の師匠にお願いして、週3日また一から技術を学びにいき、徐々に結果が出ると同時に紹介も増え、何とか食いつなぐことができるようになりました。
 
 
2005年4月東京都港区田町に一時移転 不妊鍼灸・整体治療を本格的に始動する。

2005年から女優 生稲 晃子さんにもご贔屓いただいております。
 
1998年5月ホテルニューオータニ法人会員制クラブとの治療院契約、日本大学保健体育審議会推薦もあり公益財団法人全日本スキーナショナルチームトレーナー、JOC医科学スタッフ、1998年長野オリンピック、世界選手権帯同など他院ではできない貴重な経験と実績を積み上げることができました。
 
2005年4月からは不妊症に特化した治療院として活動しております。私どもの理念『患者様が不妊症から解放され、患者様の本来叶えたい妊娠そして出産を実現してもらう為のサポートを 全力で応援していく院であり続ける。
 

私たちの笑顔が患者様の笑顔となり患者様の取り巻く環境を笑顔にしていくそんな幸せ溢れる院を創造していく。』ことを念頭に日々精進しております。

長野オリンピック夏季合宿、スキージャンプ金メダル団体メンバー
(写真向かって中央が私、右が原田雅彦さん、左が斎藤浩哉さん)

ご予約・お問合せ

当院は完全予約制でございます。フォームメールで必ず事前のご予約をお願いいたします。

トップアスリート青山院
東京都港区南青山2-2-15 ウイン青山830号
TEL080-3172-8777
info@topathlete-japan.com